味噌ビン半チャン 瓶ビール

9:45 れんぼーの前についた。お別れみたいだからお土産とかは何も持ってこなかった。不安なのか、寂寥なのか、恐怖か、なんとも言えないような、面と向かって対峙したくない感情に苛まれ、並ぶのをやめようかと何度か考えた。


後ろに偶然高校の同級生がいたが、気付かないふりをしてしまった。こういうところが友達いない原因だが、どうにも話す気分じゃなかった。


10:03 待ち合わせた先輩が現れる。
他愛もない話をして時間を待つ。ジリジリと痛むような日差しの中、開店を待つ。10:50、マスターが現れ、整理券が配られた。番号は21番。これに特に感想はない。
今まで整理券配布なんてことが無かったから、なんとも恥ずかしい気持ちになった。
マスターは僕を見て、「あぁ、たくみちゃん、来てくれたのねぇ〜ありがとよ」なんて肩を叩いて、僕は恥ずかしくて、 あぁどうも てな感じでテキトーな対応をしてしまった。こういうところも友達いない原因か。そんな反省をしながら待った。


11:20くらい、席が空いて店の中に入れた。
悩んで、頼んだのは味噌ビンビン半チャンと、瓶ビール。
ビールは、高校時代の自分との決別、とまではいかないが、もう大人なのだという そんなような ふんわりした別れの気持ちで頼んだ。
本当はマスターに、大人になっていく自分をずっと見ていて欲しかった。
高校時代、幼い戯言を偉そうに語る僕を、否定もせず対等におしゃべりしてくれたマスターは、ある意味で父であり、友であり、仲間だった。「おれはマスターみたいになりたい。」「奥さんみたいな嫁さんが欲しい。」「いずれれんぼーを継ぎますよ」なんて、バカみたいに話していたのを、よく覚えてる。
何も知らないのに政治のことや教育のこと、一高のあーだこーだ、なんでも話した。それをずっと聞いてくれていた。
れんぼーが一高生でごった返すのが本当に好きだったから少ない友達を誘って一緒にラーメンを食った。高校でもみんなにれんぼーを宣伝して回った。「たくみちゃんのお陰で一高生増えたのよ」なんて、お世辞でも言ってくれたのが嬉しくてニヤニヤしていた。
れんぼーのメニューはぜんぶ制覇した。ラーメンだけじゃなく野菜炒め定食や肉ニラ定食みたいな、定食メニューが実はかなり美味いってことを知ってる人は少ない。肉ニラを、食べた後、残った汁にスープを足して、米にかけて食べるのがサイコーだ。
仙台に帰るときは必ずと言っていいくらい行った。故郷だから。黄金の思い出が山ほどあるから。


沢山の思い出が蘇り、ビールを飲んで感情を誤魔化した。


ビンビンメンは相変わらずアツアツで、辛くて美味しくて、ニラとラー油の香りでノスタルジーが掻き毟られる。チャーハンは言うまでもなく世界一うまい。言葉も出ない
席を立つのは悲しかったが、マスターの迷惑になる方がもっと嫌だからすぐに出た。
「ごちそうさまです。じゃあ また」
厨房には聞こえなかった気がする。
僕はぎこちない引きつった笑みを浮かべる。そのまま会釈をして店を出る。煮え切らない。
でもこれでいいんだ。僕ってこんなんだから。


嫁と子供を連れて来る。
その夢は果たせなかった。
そりゃそーだ。仕方ない


マスターは、これからは定期戦見に行くから、そこで会おうって言っていた。


定期戦に嫁と子供を連れて行く。
この夢は果たせそうだ。

 

 


黄金の思い出を作ってくれたマスターに、奥さんに、心からの感謝を。